前橋地方裁判所高崎支部 昭和53年(ワ)211号 判決 1980年6月30日
原告
小林晨一
被告
小野里正司
主文
一 被告は原告に対し、金五七七万四五四七円及びこれに対する昭和五二年五月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
(申立)
一 原告
1 被告は原告に対し、金一五八九万〇八〇〇円及び内金一四四九万〇八〇〇円に対しては昭和五二年五月一日から、内金一四〇万円に対しては本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求めた。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求めた。
(主張)
第一原告の請求原因
一 事故の発生及び態様
原告は、昭和五二年五月一日午前八時四〇分ころ、高崎市倉賀野町三、三七一番地先の交差点(以下「本件交差点」という。)において、自動二輪車(藤岡う七二二号―以下「原告オートバイ」という。)を運転して岩鼻町方面から上佐野町方面へ直進中、対向してきた被告運転の普通乗用車(群五五ぬ二〇七号)が原告オートバイの進路を横切つていきなり同交差点を藤岡市方面へ右折したため、同車に衝突し、右大腿骨幹部骨折、右側頭部打撲等の傷害を負つた。
二 責任原因
被告は、右普通乗用車(以下「被告車」という。)を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
三 損害
原告は、本件事故により、左記内訳1ないし6の合計金一六八七万八五九〇円の損害を蒙つた。
1 治療費 合計金一三八万七七九〇円
(イ) 原告は、野中外科病院において本件事故発生日である昭和五二年五月一日から同年八月八日までの一〇〇日間、及び翌五三年二月九日から同月一二日までの四日間各入院すると共に、症状が一応固定した昭和五三年三月一六日まで同病院へ通院(通院実日数一八日)して治療を受け、治療費金一三〇万三三九〇円を支払つた。
(ロ) 原告はまた、右野中病院への通院するかたわら昭和五二年九月一九日から同年一一月九日までの間において、牛込接骨院へ三四日通院して治療を受け、治療費八万四四〇〇円を支払つた。
2 付添費 金三一万二〇〇〇円
原告の妻は、勤めていた千野製作所を退職して原告の右一〇四日に亘る入院期間中付添看護に当つた。同付添費は一日当り金三〇〇〇円が相当であるので、付添費合計は金三一万二〇〇〇円である。
3 入通院雑費 金一六万八八〇〇円
(イ) 前記入院(一〇四日間)中の雑費は、一日当り一、〇〇〇円が相当であるので、合計金一〇万四〇〇〇円である。
(ロ) 前記通院(二一六日間)中の雑費は、一日当り三〇〇円が相当であるので合計六万四八〇〇円である。なお通院のための交通費だけでも合計二万三二〇〇円にのぼつているところから、右雑費を一日当り三〇〇円として請求することは理由がある。
よつて、入通院の雑費は右(イ)、(ロ)の合計である。
4 休業損害 金一八八万円
原告は、本件事故当時、株式会社町田ギヤー製作所に旋盤工として勤務し、毎月一四万七八〇〇円以上の賃金と毎年七月と一二月に賞与を受けていたが、本件事故により昭和五二年五月一日から同年一一月七日まで休職し、同月八日同会社を退職せざるを得なくなつたばかりでなく、翌五三年三月三一日までの本件事故から約一一ケ月間稼働することが出来なかつたものであるから、同期間における得べかりし賃金相当額及び昭和五二年一二月に得べかりし賞与相当額(昭和五一年一二月に支給を受けた金二五万六九四八円以上の金額)の合計額である金一八八万円以上の損害を蒙つた。
5 後遺症による逸失利益 金九一三万円
原告は、前記大腿骨幹部骨折の傷害によつて右膝の屈曲が十分なしえない後遺症が残存してしまつた。これによつて、座るときは右下肢を前に投げ出すようにしなければならず、長時間の歩行も困難であるばかりでなく旋盤工並びに農作業上の稼動につき大きな制約を受けるに至つているのであるから、右後遺症の程度は強制保険後遺障害等級表一〇級に該当すると評価されるべきことは明白である。よつて、就労可能年齢を六七歳とすると、就労可能年数は二三年間、労働能力喪失率二七%、年間所得二二五万円、ホフマン係数一五・〇四五となるので、その損害額は少なくとも金九一三万円以上である。
6 慰謝料 金四〇〇万円
(イ) 原告は前記のとおり入院一〇四日間、通院期間二一六日間を要する傷害を受けたのであるから、この傷害に対する慰謝料としては金一八〇万円が相当であり、また前記のとおり一〇級相当の後遺症が存するのであるから、同後遺症に対する慰謝料としては、金二二〇万円が相当である。
四 損害の填補
原告は、前記三の1、(イ)(ロ)記載の治療費合計一三八万七七九〇円の支払を被告から受けると共に、自賠責保険から金一〇〇万円の支払を受けたので、右各金員合計二三八万七七九〇円を前記損害額から控除する。
五 弁護士費用
原告は、本件訴訟の追行を弁護士である原告代理人に依頼し、判決認容額の一割を支払うことを約したので、被告の負担すべき弁護士費用は金一四〇万円が相当である。
六 まとめ
よつて、原告は被告に対し、前記損害金の合計から前記既払の治療費及び保険金額を控除した残額に右弁護士費用を加えた金一五八九万〇八〇〇円及び右内金一四四九万〇八〇〇円に対しては不法行為の日である昭和五二年五月一日から、内金一四〇万円に対しては本訴判決言渡の日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
第二被告の請求原因に対する認否並びに反論
1 請求原因一、二記載の各事実のうち、「被告車がいきなり右折した」との本件事故態様は争うがその余の事実は認める。
2 請求原因三の1の(イ)、(ロ)記載の事実のうち、原告が野中外科病院へ昭和五二年五月一日から同年八月八日まで入院し、翌五三年三月一六日まで通院したこと、牛込接骨院への通院期間及び同院への治療費支払額は認めるが、その余の事実は不知。
3 同三の2記載の事実は不知。原告が付添を必要とした期間は、昭和五二年五月一日から同月三一日までと思料され、付添費用は一日当り金六〇〇円が相当である。
4 同三の3記載の事実は不知。入院雑費は一日当り金六〇〇円が相当である。
5 同三の4記載の事実のうち、原告が昭和五二年一一月八日前記会社を退職したことは認めるが、その余の事実は不知。原告の退職は任意退職であつて、同退職後六ケ月間は雇傭保険の支給を得ていたと思われるので、同保険受給額は損益相殺されるべきである。
6 同三の5記載の事実は否認ないし争う。原告の後遺症は今後改善される可能性が高いと思料されるので、後遺症残存期間は五年ないし七年と認定されるべきであり、その程度も一二級が相当である。
7 同三の6記載の後遺症の程度は否認し、その余の主張は争う。
8 同三、同四記載の各事実は不知。
9 本件事故態様は、被告車が、丁字型の交差点において、渋滞している対向車両の間を徐行して右折した際、対向直進してきた原告オートバイと衝突したものであるから、本件事故の発生には原告の前方不注視の過失も存在するから三割の過失相殺がなされるべきである。
(証拠)〔略〕
理由
一 原告主張第一項の事故がその主張の日時に発生したこと、被告が被告車を自己のため運行の用に供していたこと、右事故により原告が右大腿骨幹部骨折、左側頭部打撲の傷害を負つたことは当事者間に争いがない。そうすると被告は後記原告に生じた損害を賠償する責任がある。
二 そこで原告に生じた損害について判断する。
1 積極損害
原告が本件事故による傷害の治療のため、野中外科病院に昭和五二年五月一日から同年八月一日までの一〇〇日間入院し、引続いて翌五三年三月一六日(実通院日数一八日間)まで通院していたこと、また原告は、同病院への通院するかたわら昭和五二年九月一九日から同年一一月九日までの間において、牛込接骨院へ実通院日数三四日間通院したこと、同院の治療費として金八万四四〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。
そして成立に争いのない甲一号証、同三ないし一二号証並びに証人野中武久、同小林トミ子の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右入院に加え、昭和五三年二月九日から同月一二日までの四日間前記野中病院へ本件傷害の治療のため再度入院したこと、原告の妻小林トシ子は、右各入院期間中付添看護に当つたが、付添看護が必要的であつた期間は、再度の入院期間中及び当初の入院期間中の昭和五二年五月一日から原告のギブスがとれた同年七月二八日までの間であつたこと、原告は、右野中外科病院に対し、右入院通院による治療費として合計金一三〇万三三九〇円を支払つたこと、原告は、右野中外科に通院するに際し、ハイヤーを使用することが必要であつたところ、片道四四〇円の料金で合計一七回これを使用したこと、また右牛込接骨院への通院へは一往復一六〇円の交通費が必要であつたこと、以上の事実を認めることができる。従つて右認定事実によれば、原告は、
(イ) 野中外科病院及び牛込接骨院に対する入通院治療費として、合計金一三八万七七九〇円
(ロ) 入院付添費としては、近親者の付添であるので一日当り金二五〇〇円を相当とすべきところ、右金額に付添必要期間合計九三日間を乗じた合計金二三万二五〇〇円
(ハ) 入院雑費としては、一日当り金六〇〇円が相当であるので右金額に前記入院期間一〇四日間を乗じた金六万二四〇〇円
(ニ) 通院雑費としては、前記認定の交通費合計二万四〇〇円の各損害(合計金一七〇万二八九〇円)を蒙つたことが認められる。
2 休業損害
成立に争いのない甲二号証、原告本人尋問の結果及び同結果により成立が認められる甲二六、二七号証によれば、原告は、本件事故当時町田ギヤー製作所に旋盤工として勤務し、毎月一四万七八〇〇円以上の賃金を得ていたこと、原告は、本件事故による傷害のため、昭和五二年五月一日から同年七月七日まで同会社を休職し、同月八日同会社を退職せざるを得なかつたばかりでなく、翌五三年三月三一日までの間、稼働しえなかつたこと、原告は、昭和五二年一二月には、右賃金の他に本件事故に遭わなければ同会社から少なくとも二五万六九〇〇円の賞与を受けられたであろうことが認められる。
以上の事実によれば、原告は休業損害として、右一一ケ月間の賃金合計額及び右賞与相当額の総計金一八八万二七〇〇円余の損害を蒙つたことが認められる。
3 後遺障害による逸失利益
成立に争いのない甲一号証、同三ないし一四号証、同二八ないし三〇号証、並びに証人野中武久の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が本件事故により負つた右大腿骨幹部骨折の傷害は、昭和五三年三月に症状が固定したが、腱側の左膝関節の運動可能領域が伸展一八〇度屈曲三五度(いずれも他動)で一四五度であるのに対し、患側の右膝関節のそれは、伸展一八〇度、屈曲五五度(いずれも他動)で一二五度に制限されること、原告は、右後遺障害により現在においても正座は不可能であり、しやがむのも著しく困難を感じており、長時間の歩行には痛みを伴うなどの諸症状に悩まされていること、原告は、旋盤工として重量物を移転するなどもつぱら肉体労働に今後も従事していかなくてはならないこと、下肢には大きな手術痕が三個所残り現在も疼痛を感ずること、以上の各事実が認められる。
右認定事実によれば、被告の後遺障害の程度は、自賠責保険障害認定基準表一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)の認定基準には、形式的には該当しないが、他の諸症状も加味するとなお同級同号にほぼ準ずる後遺障害があると判断される。
そこで本件事故による原告の労働能力喪失率を考慮すると、それは一四パーセントを下ることはないと言うべきである。
なお成立に争いない乙七号証である診断書中には、原告の右膝関節の運動可能領域は、日時の経過により改善の可能性が高い旨の記載も存するが、現時点においては、本件事故の心理的影響、手術による肉体的影響もあつてはるかに高い労働能力喪失状態であつて、それは改善されても右一四パーセントを下まわることはないと言うべきであり、現時点および将来の稼働可能期間を通じて一四パーセント認定してもむしろ控え目な認定と言うべきである。
よつて、就労可能年齢の上限を六七歳とすると原告の就労可能年数は二三年間であるから現在一時に請求するため年五分の割合による中間利息をライプニツツ式計算を用いるとライプニツツ係数(年別)は一三・四八八五となり、原告本人尋問の結果により成立が認められる甲二六号証によれば、原告は昭和五一年には年間所得として金二三〇万九三〇〇円余の収入が存したことが認められるので、次の計算のとおり原告の本件後遺障害に基づく逸失利益の現価は、金四三六万〇八五九円余となる。二三〇万九三〇〇円×〇・一四×一三・四八八五=四三六万〇八五九円
4 慰謝料
(イ) 入通院慰謝料
前記のとおり原告の入院期間は、一〇四日間であり、実通院日数は、野中病院及び牛込接骨院の合計五二日であるので通院慰謝料の算定期間としては、一〇四日間(隔日通院に換算)が相当であり、右慰謝料額は金一〇二万円が相当である。
(ロ) また後遺障害に基づく慰謝料は金一二五万円が相当である。
よつて以上の損害費目の数額を合計すると金一〇二一万六四四九円である。
三 事故態様並びに過失相殺について
成立に争いのない乙一ないし三号証、同五、同六号証並びに原告、被告各本人尋問の結果によれば、被告は、別紙添付図面記載の上佐野町方面から岩鼻町方面へ向かつて被告車を運転中、幅員形態等が同図面記載のとおりの本件交差点を同図面記載の藤岡市方面へ右折しようとしたが、対向車線は渋滞しており対向車が続いて進行して来るため、同図面記載の<1>地点あたりで一旦停止し、対向車の切れるのを待つているうち、対向車の一台であるマイクロバスが同図面記載の地点附近で停止し、同車の運転手が被告車が先に右折するよう合図してくれたところから、被告は、被告車を漫然と発進させて時速約一〇キロメートルの速度で右折を開始したが、対向車線の渋滞車両の左側の道路左端を時速約三〇キロメートルでこれまた漫然と直進してきた原告オートバイが被告車を発見して急制動をかけた音を聞知したため、同じく急制動をかけて停止したが、同図面記載の
以上の事実によれば、被告においては、対向停止した車両の左側を進行してくる車両の有無を確認して右折すべき注意義務に違反し、また原告は、右のように渋滞車両の左側を進行してきて渋滞車両のため見通しの悪い交差点を直進する場合には、同交差点に入る手前から徐行し、右折車両の有無等の安全を確認すべき注意義務の存するところ、前認定の事実から明らかなとおり原告は、右注意義務に違反した過失があると言わざるをえない。
従つて、本件事故は、原被告双方の過失の競合によつて発生したものというべく、右諸般の事情に鑑みると本件損害賠償額の算定にあたつて二割五分の過失相殺をするのが相当であると認められる。
よつて、右割合に従つて原告の前記損害につき過失相殺をほどこすときには、その損害額は、七六六万二三三七円となる。
四 損害の填補
原告は、被告から前記入通院治療費一三八万七七九〇円の支払を受けると共に、自賠責保険から一〇〇万円を被害者請求として受領していることを自陳しているので、右各金額を前記損害額から控除すると、右控除後の損害賠償額は金五二七万四五四七円となる。
なお被告は、原告は本件事故により町田ギヤーを退職後には、雇傭保険の給付を受けていたはずであるから、右受領した保険金額は、損益相殺さるべきであると主張しているがこれを認めるに足りる証拠はない。
五 弁護士費用
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が任意の弁済に応じないので、弁護士である原告訴訟代理人に訴訟の提起追行を委任し、手数料及び成功報酬を支払う旨約していることを認めることができる。そこで本件事故の態様、審理の経過等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告らに負担さすべき弁護士費用は、本件認容額の約一割である金五〇万円とするのが相当である。
また弁護士費用も、本件事故と相当因果関係のある損害として本件事故と同時に発生し、かつ遅滞に陥つているものと解するのが相当である。
六 まとめ
よつて、被告は、原告に対し第四項掲記の損害賠償額に右弁護士費用を加えた金五七七万四五四七円と、これに対する本件事故日である昭和五二年五月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条九二条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 広田民生)
別紙図面
<省略>